20211128日 ルカによる福音書235056節 「希望の墓」

 今日は召天者記念礼拝として、天に召された方々のことを思い起こしながら礼拝を捧げています。そして、板宿教会では今年はずっとルカによる福音書を順を追って読み続けてきましたが、偶然にも、召天者記念礼拝の今朝が、ちょうど主イエス・キリストが十字架の上で息を引き取られて墓に葬られるという、召天者記念礼拝に相応しい聖書の御言葉になりました。

 主イエス・キリストは、今朝の、先程朗読させていただいた言葉にあったような、まさにこういうかたちで、十字架の上での死のあとに、墓に葬られました。しかし、私たちはまずここで、驚かなくてはならないと思います。ここで葬られたのは、あの主イエス・キリストです。こういう言い方は教会ではいたしませんが、主イエス・キリストと言えば、キリスト教という宗教の開祖である、と言うことができる人物です。その埋葬がこれなのです。その墓は、岩場に掘られた、どこにでもあるような洞穴でした。

 この時代、このエルサレムから少し西に目を向ければ、エジプトという超大国があり、そこには主イエスの死の既に2000年以上も前の紀元前2500年程の時から、高さ150m、一辺の長さが230mもある王の墓である、ピラミッドがいくつも建造されていました。モーセの出エジプトの頃からそれは既にあったわけです。あるいは遠く中国では、主イエスの死の2300年前に、秦の始皇帝の墓である、広さ2ヘクタールに及ぶ、兵馬俑という大規模な墓が既に建造されていました。そして5世紀ごろに造られた、大阪の仁徳天皇陵も含めて、世界三大墳墓とも言われています。

 権力者がその力を墓の大きさで誇示し合うようなこの時代に、それらに比べれば、主イエスのこの墓は、とんでもなく粗末な墓だったと言わざるをえません。本当に、イスラエルの王として来られた方、神の御子に全く相応しくない普通の墓に、主イエスの遺体は納められたのです。こんなお墓で良かったのでしょうか?

 

 しかも、主イエスの遺体を墓に納めたのは、主イエスの部下でも、従者でも、その弟子でもありませんでした。主イエスの遺体を引き取ったのは、アリマタヤという、とても小さな、今でも数百人しか人の住んでいないような、もちろん聖書にこの町の名前が出て来ること自体、ここが初めてだという、名もない寒村の、その村出身のヨセフという、この名前もまた、とてもありふれた名前の人物でした。

 しかも彼はユダヤ人の議員だったということですから、主イエスの十字架刑を画策した当局者の側に入る、主イエスの十字架の加害者側の人でした。肝心の主イエスの側近である弟子たちは、既に逃げ去ってしまっていて、隠れ家に姿を隠していました。もしアリマタヤ出身のヨセフがここで出て来て遺体を引き取らなければ、危うく公衆墓地のようなところに、他の受刑者たちと一緒くたに、主イエスの遺体が捨て置かれてしまうところでした。

 ユダヤ人当局者側の、ヨセフの好意によって、囚人のための公衆墓地は何とか回避したものの、ヨセフが私有していた小さな墓地に、およそ主イエスの本来の身分には相応しくない、金銀黄金の類も全くない、ただ質素な普通の岩の墓に、主イエスは、葬儀もないまま、弟子たちによる見送りもないままに、葬られたのでした。

 55節を見ると、そこには、「イエスと一緒にガリラヤから来た婦人たちがいた」と書かれています。婦人たちがそこに居たということは、これも驚くべき事実です。権威ある王の墓は、墓自体が要塞のようになっていて、墓泥棒が容易に入って行くことのできない構造になっています。しかし、当時のユダヤにおいては男性よりもずっと位置付けの低かった婦人たちが、ここで容易に墓の場所に入って行くことができるということは、この墓は、全く誰もがそこに来ることのできるオープンな場所だったということを示しています。

 ほとんど壁も、ちゃんとした扉も、鍵も、何もない、誰でもそこに近づき入ってくることができる馬小屋で、クリスマスに生まれられた主イエスは、その墓においても、他者の侵入を拒まない、女性でも誰でも入ることのできる、とてもオープンな、そして平凡な、厳重ではない、普通の墓に葬られたのです。

 

アリマタヤ出身のヨセフのあとについて墓まで来た女性たちは、ここで何をしていたのかというと、彼女たちは主イエスの葬りの様子を、じっと見ていました。今朝の55節に「婦人たちは、ヨセフのあとについて行き、墓と、イエスの遺体が納められている有様とを見届け、」と語られています。これは詳しい記述です。女性たちは、まず、主イエスが納められる墓をよく見た。ここでの見届けると訳されている言葉は、細部にわたるまで、目撃者としての目線で見る、という言葉です。そういう目に焼き付けるような見方で、彼女たちは墓を見て、そしてさらに、イエスの遺体が納められている有様を見届けた。その体の置き方、寝かし方、向きに至るまで、凝視したという意味です。

そしてこれは、この私たちにとっても、とてもよく分かる話なのだと思います。葬儀の時、棺に遺体を入れる時、最後棺を閉じる時、火葬場の窯の中へと遺体を見送る最後の時、私たちは、そこから目を話すことができません。今朝の週報に載っている18人の方々それぞれの、その時の瞬間が、私たちの瞼の裏に焼き付いています。それと同じことが、つまり私たちがこの会堂での葬儀で、また火葬場で実際に経験したことと同じことが、この主イエスの墓でも起こっているのです。主イエスの墓と、その葬りの有様を見届けるこの女性たちの気持ちは、この私たちも経験し、また知っている、その同じ経験であり、同じ気持ちなのだと思います。

 

そして、そのことはつまり、このアリマタヤのヨセフが用意した普通の墓に、特別にではなく普通に、神の御子にあるまじき質素さで葬られた主イエスの葬りは、この私たちの葬りと同じだ、ということ意味しています。この主イエスの葬りで起こっていることは、この教会での葬儀で起こったことと、私たちがここで経験したことと同じだ、ということです。今朝のこの部分の御言葉を通して、是非ともそのことを聖書は、私たちに伝えたいのだと思うのです。

これは、ただの昔の、ただの2000年前の葬りの様子の描写だ、ということではないのだと思います。アリマタヤという、あまり有名でない、ローカルな村から来た、どこの誰とも知れないよくある名前のヨセフという人と、その他数人の女性たちが行った、本当に小さな、ささやかな葬り。これは、板宿という下町出身の山田さんが、この街の多くの人々は神社仏閣で葬儀を行う中で、しかし周りに流されず、その人は神の国を待ち望む数少ない一人として、わずかな仲間を集めて、ささやかな葬りを、自分の属するこの小さな板宿教会で行ったのだと。この御言葉は、そういう風にも言い換えて、今のこの私たちにそのまま当てはめることのできるような、そんな御言葉ではないかと思うのです。

ということは、逆に言えば、まさに今朝この日曜日からがアドベント、主イエス・キリストが、神の御子として、神の下からこの世界に降臨してくださり、お生まれになったクリスマスを待ち望む待降節の一か月が今朝から始まったわけですけれども、主イエスがクリスマスにこの地上に来てくださり、馬小屋で、私たちと同じ人間として生まれてくださったのと同じように、主イエスは、その死に際しても、その誕生よりもさらに深く、そして親しく、私たちがこれから経験する死について、そして先立って召された召天者たちが既に経験した死について、葬りについて、それらを主イエスは、私たちと同じように味わってくださった、そこに届いてくださったのだと言えるのです。主イエスは、小さく弱い赤ん坊として、私たちと同じように生まれてくださっただけでなく、同時にこの私たちと同じように、死んでくださる。そして全く同じように、葬られてくださったのです。

神が死ぬということは、本来あり得ないことですが、しかしこの私たちの主イエス・キリストの神は、死ぬばかりでなく、墓に葬られるまでして、私たちに寄り添ってくださり、これ以上なく共感してくださり、死にも、葬りにも、一緒について付いて来てくださり、そこで私たちを孤独にしないでいてくださるのです。この会堂で行われた数々の葬儀にも、そして私たち自身の葬りにも、主イエス・キリストは、クリスマスのように確かに到来してくださり、そこにも共にいてくださいます。

 

今朝の56節には、死の暗闇と葬りの悲しみの中に、一筋の光が差すような言葉が語られています。56節をお読みします。23:56 家に帰って、香料と香油を準備した。婦人たちは、安息日には掟に従って休んだ。」

安息日という言葉が覗いています。婦人たちは、この葬りの次の日、安息日に、休みました。この主イエスの周りを、安息が支配しました。葬りのあとに、苦しみと呻きと断末魔の叫びがこの場所にこだまして、それが人々を包んだのではありませんでした。

そして神様は、この私たちにも、この御言葉で起こったのと同じように、葬りのあとに、安息を与えてくださいます。安息日に休むとうことは、ただ祝祭日が来てスケジュールがフリーになって忙しさから解放される、休日がそこにあるということではありません。安息日は礼拝をする日です。そこにあるのは、神様に礼拝をし、神様の前に出ることによって、心がそこで初めて安らぐ、心が落ち着きを取り戻すという意味での、安息であり、平安です。私たちが今、召天者記念礼拝をしているように、主イエスをこの時囲んだ人々にも、ただ葬りがあっただけではなく、そのあとに、彼らは礼拝をし、神様との安息に与るように導かれた。

近年、多くの兄弟姉妹たちを天に送った私たちには、週報のこのリストを見るたびに、また、このリストには上っていない、私たちの愛する友人知人、そして家族の死を思い出すたびに、そこで蘇ってくる悲しみや痛みがあるのですが、しかし神様は、すぐにではなく徐々にであっても、残された私たちに、必ず安息を与えてくださり、この心を慰め、落ち着かせ、主イエス・キリストが与えてくださる深い安らぎを、騒ぎ立つこの心に、主イエス・キリストの存在と共に、隣り合わせてくださいます。主イエス・キリストは、私たちがまだ経験していない死を既に経験し、しかも克服し、そしてまた、私たちが既に見送った先に召された一人一人の死とその葬りにも、隣り合ってくださっている。それが分かって、心落ち着くのは、このようにして礼拝をして、この私たちに向けて語られている聖書の御言葉を受け取ることによるのです。

 

アリマタヤのヨセフは、「神の国を待ち望んでいた」と50節に書かれています。主イエスは、十字架で死なれる前に何度も何度も、神の国についてご自身の口で語られましたので、ヨセフはその言葉を知っていたのかもしれません。主イエスはある時、「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな、加えて与えられる」と語られました。もしかしたらヨセフの耳には、この言葉が残っていたのかもしれません。少なくとも彼は、主イエスの死によって、これで終わりだ、神の国はもう終わった、もうダメだと、諦めていたのではありませんでした。

十字架を前にして、何をしたらいいのか、今の自分に何ができるのかをはたと彼が考えた時、神の国を待ち望んでいた彼が、神様の力がこの世界に現れ出ることを待ち望んでいた彼が取った行動が、主イエスの遺体を墓に丁重に葬ることでした。神の国は、神様の支配と計画は、これでジ・エンドではないと彼は直感していたのです。安息日の休息は、次にまた動き出すための準備の休息でもあります。そして実際、その安息日の土曜日のあと、日曜日の朝に、世の終わりまで止まることのない神の国が動き出しました。主イエス・キリストは復活されました。

 

 今日は何の日でしょうか?今日は、当時のユダヤ教が安息日だと定めていた土曜日の次の日、キリスト教の新しい安息日としての日曜日であり、主イエスがその朝に復活なさった日曜日です。主イエスが復活された日曜日の朝に、私たちは、この場所で行われた召天者たちの葬儀の記憶を携えて、しかしそこで終わらず今も進み続ける神の国が、神様の支配が、生ける神様を通じて今も進行していることを信じ、そして、この私たちも、アリマタヤのヨセフのように、神の国を求めているからこそ、今朝この礼拝に集まりました。

 この小さな私たちの、そして既に召された召天者たちの生と死と、その普通一般のささやかな葬りのその只中にも、しかし主イエス・キリストはしっかりとそこに訪れてくださったのであり、主イエスは、そこに共にいてくださいます。ですから私たちの墓は、今や、その周りを安息が支配する墓となりました。それは絶望のしるしではない、希望の墓です。そして今や、私たちの手にある召天者たちのこのリストは、悲しみと悲嘆のリストではなく、主イエス・キリストと共に神様の全き安息の中に既に入れられている方々一人一人を表す、救いのリスト。喜びと感謝に満ちたリストAなのです。

A