2020年1011日 ルカによる福音書151132節 「父に帰る」

 とうとうルカによる福音書の説教も、ここまで来ました。今朝の御言葉は、このルカによる福音書にしかない、聖書の御言葉の中でもとくに有名なたとえ話、放蕩息子のたとえです。しかし、放蕩息子のたとえ、と言ってしまうと、今朝の御言葉の前半に出て来る弟息子のことばかりが強調されて考えられてしまいがちだと思いますが、実際には、このたとえ話の中の本当の放蕩息子は、兄です。弟もそうですが、それ以上に父親から離れて家出状態にあったのは、実は、兄息子の方です。

 今朝は、「父に帰る」という説教題をつけていますが、これは、父から離れた二人の息子が、父のもとへ帰るという物語なのです。「父に帰る。父親のもとに帰ろう。そこへ戻ろう」と言う時、こういう言葉を心で思いめぐらす時、なんだかジーンとしないでしょうか?何もファザーコンプレックスとか、そういうこじれた感情ということではなくて、純粋に、そこに関してはとてもピュアな心で、父のもとへ帰りたい。頼もしく優しい、そんな父のもとに帰りたい。そこに温かく迎えられたい。そういう憧憬の思いが、憧れが、私たち皆心の中にはあるのだと思います。

 

 レンブラントが描いた、放蕩息子の帰郷という有名な絵画がありますが、皆様はそれを見て、何を思われるでしょうか?その絵の中では、放蕩の限りを尽くして、身を持ち崩して、靴も、ボロボロの靴を片足だけ履いただけの、片足裸足の状態にまでなってしまっている、明らかに弟息子と思われる人物が、地面に膝をついて倒れるようにして父親の飛び込み、もたれかかっています。その弟息子を父親は優しく抱きかかえて、その背中に両手を添えている。その姿は、弟息子の冷え切った心を温めているようでもあります。その姿に明るいスポットライトが当てられています。

 そしてその画面の右側には、手を差し出して、弟息子を抱いている父親とは反対に、こぶしを閉じて腕を組んで、微妙な距離を取って脇に直立している兄がいる。その兄の、口を真一文字に結んで弟を上から見下ろしているその顔に、もう一方のスポットライトが浴びせられている。

 私は実生活でも、一人の妹を持つ兄でもありますので、兄の視点でその絵を見てしまうのですが、主イエスがこのたとえ話を語られた理由と目的も、弟の視点ももちろんですが、それと同様に、またそれ以上に、このたとえ話を兄の視点で聞き手に受け取らせるということにありました。

 

 なぜなら、先週お読みしたこの15章の1節から3節にある状況設定中で、このたとえ話は語られているからです。15:1 徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。15:2 すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、「この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている」と不平を言いだした。15:3 そこで、イエスは次のたとえを話された。」

 先週お話ししました通り、徴税人や罪人たちとは、正道を外れていた人たちであり、神様の救いから離脱し、そこから堕ちた人間たちだ、として、差別されていた人々でした。それは、先週の御言葉で言えば、一匹はぐれて死んだ羊、ロストされて壊れた一枚の銀貨です。そして今朝の御言葉でも、アポルーミという、死ぬという言葉が弟息子に当てはめて何度も語られますので、弟息子は、死に体だった徴税人や罪人と呼ばれていた人たちのことを指しています。そしてその、徴税人や罪人を表す弟息子は、放蕩して、身を持ち崩しはするのですが、しかしボロボロになって、でも帰ってくるのです。それが今朝の譬えの前半です。

 弟息子は最初、ぶしつけに、『お父さん、私がいただくことになっている財産の、分け前をください。』と、財産の生前分与を願います。これは、当時の中東社会では前代未聞のことであり、父親に、さっさと死ねといっているに等しいことです。そして弟は出て行きます。

財産を与える時点で、弟息子の良くない行く末が、父親には十分予想できたはずです。しかし父親は、弟息子に侮辱を受け、痛みを負いながらも、弟息子を家に留め置きません。なぜでしょうか?

父親は、弟息子がこの先失敗を犯すことが目に見えていても、息子の決断と、その人生に口を挟むようなことはしませんでした。それは父親が、深く息子を愛していたからです。

息子の決断に口を挟むことの方が簡単です。財産贈与を拒否することも当然できます。しかしそれが憚られるほどに、父は息子を大切にし、息子の決断と、その人生を尊重していた。

 これは神様の、私たちに対する眼差しと同一です。私たちの人生もまた、父なる神様によって、このような目で見られています。その愛ゆえに、私たちは自由です。だから何でも出来る。神様に暴言を吐いたり、神様を裏切ることも、神様を傷つけることも自由に平然とできてしう。この息子のように、この私たちも、父である神様のおられる場所から、貰えるものだけ貰っておいて、勝手な家出ができてしまうのです。それは、私たち自身が獲得した自由ではなくて、神様が私たを深く愛してくだっ去っているが故の、自由です。

 

 しかし、案の定落ちぶれて、豚の餌を食らうという、豚以下の存在にまでなってしまった弟息子は、「父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。」とつぶやき、ふと我に返って、自分が父親の息子であったことを思い出します。もう息子としては無理にしても、雇い人の一人としてならば、どうにか実家に滑り込めるかもしれない。低姿勢で挑むならば、それ相応の罰は受けるだろうけれども、ひょっとすればうまくいくかもしれない。そして弟息子は、やがて父と再会する時のために、そこで言う言葉を、自分自身でシュミレーションして、練習しています。18節から19節です。

「ここをたち、父のところに行って言おう。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても、罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください。』」

 大変手前味噌の、都合のいい発言ですが、よく分かります。自分が窮地に陥った時、自己保身の心で、この弟息子のような祈りを、いささか大袈裟に祈ったことが幾度もあります。「神様、私は失敗しました。当初は、うまくいくと思っていたのですが、ダメでした。人から軽蔑されました。もっと多くの人からの信用も、失っているかもしれません。もう頼れるのはあなただけです。罰は受けて当然です。でも、一生のお願いです。受けるべき罰は、あとでいくらでも受けますから、でもなんとか今だけは、一度でいいから、今回だけは助けてください。」苦しい時の神頼みです。

こうやって、父親を捨てて出て行った息子には、それ相応の罰が与えられるのが筋ですが、しかしその結末は覆されます。村にたどり着くなり、弟息子は衝撃を受けます。そこには、両手を広げて、こちらに向かって駆け寄ってくる父がいました。息子が見えるやいなや、父はジッとしていられずに、走っていき、彼の首を抱きます。そして弟息子が、謝罪を口にする前に、父は、和解の接吻をして、彼を赦してしまいました。叱るなどとんでもない。父は喜びと共に息子を抱きました。弟息子は、この時完全に、赦されました。父親の愛が弟息子を圧倒し、その時、彼が先程練習していた父への言葉は、言い回しは同じですが、本心からの、嘘偽りのない罪の告白となり、全く新しい意味を持つ言葉となって、弟息子の口から発せられました。弟息子は、この時から、父のもとに帰り、再び父と共に生き始めました。父は「この息子は、死んでいたのに生き返った。」と喜びの声をあげます。父の愛から離れて生きていた弟息子は、生きながらにして死んでいたのです。

 

 そしてこの劇的な第一幕のあと、主イエスは、距離を置いてそんな弟を見下ろす兄にあたる、ファリサイ派と律法学者たちに対して、たとえ話の第二幕を語られます。兄の方は、放蕩生活からではなく、畑での真面目な働きから帰ってきました。その帰りに、ひとりの僕を通して、弟息子の帰還と、父が催した祝宴の様子を聞きました。それを聞いた兄は、たちまち怒って、家に入ろうとはしませんでした。

27節に、大事な言葉があります。父親は、「出てきて」その兄を、「なだめた」と記されています。当時の中東地域の慣習においては、父は、祝宴が開かれている間は、もてなすべき客人と共にいるのが通例で、ホスト役の父親が、客人たちを残して家の外に出るということは、あってはならない、恥ずべき行為だったそうです。兄は、その父の立場とメンツを十分わかっていながら、しかし敢えて、公衆の面前で、父親を公に侮辱するかの如く、その祝宴の真っ最中に怒りを露わにし、家に入ろうとしませんでした。これは、兄による、弟とは、またかたちを変えた、家出です。

本来なら父親はここで、「お前は何をやっているのだ」と、「話はあとでゆっくり聞いてくから、今はとにかく宴会に加わるのが筋だろう。私のメンツをつぶす気か」と、席を立たずに、誰かを兄のところにやって叱りつけることができたはずです。けれどもそこで父親は、当時の伝統的慣習を破って、席を立つのです。そして、恐らく彼を囲んでいる村の有力者たちの間を通って、やっと帰ってきた弟息子もその場に置いて、兄を招くために、恥をかきつつそれをものとせず、父は家の外に出て行くのです。そして父は、その兄息子のかたくなさや、非礼な振る舞いを非難しませんでした。

つまり主イエスは、この父親の姿を語ることを通して、天におられる父なる神は、収税人や罪人たちを見下げて非難するファリサイ派や律法学者たちのことをも排除しないということ。徴税人たちと一緒に、彼らも天国の祝宴に入って来て欲しい。御自分のふところに帰ってきて欲しいと、その大きく深い愛で熱望しておられる。そう語っておられるのです。

父は家の外に出て、「兄をなだめ」ました。これは「和解を請い願った」という言葉です。かつて弟息子を迎えるために、村はずれで待ち続けて、そして自ら息子を発見して、自らそこへ走り寄って首を抱いたあの父親の姿が、ここにも現れています。

ある研究者は、この父について、「祝宴のテーブルから立って、客人たちの面前で家を出て、兄息子のところの向かっていく父の姿は悲痛であり、兄の露骨な侮辱に耐えている。それは、弟息子を迎えるために、あたふたと走っていく様よりも、さらに犠牲的でさえある。」と解説しています。この解釈は、今朝の私たちの助けになります。

 

けれども、それにもかかわらず、兄息子は、自分に差し伸べられた父の愛に心動かされません。それどころか兄はここから、父をさらに非難します。29節からです。「兄は父親に言った。『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子ヤギ一匹すらくれなかったではありませんか。ところが、あなたの息子が、娼婦どもと一緒にあなたのしんしょうを食いつぶして帰ってくると、肥えた子牛を屠っておやりになる。』」自分で語っていますように、兄は何年もの間、誠実に父に従い続けてきました。けれども、不誠実な弟息子を赦すことによって、自分のそれまでの誠実さが、ないがしろにされた。それによって自尊心を、ブライドを傷付けられた、と怒っています。あなたは、何という意地悪、なんというえこひいきをしてくれるのかと。父は、弟を全く赦してしまうばかりか、祝宴まで開く。自分には子ヤギ一匹くれなかったのに、今は、肥えた子牛が屠られている。兄にはそれが余計すぎる。割に合わない。寛大すぎて、甘すぎて、本当に腹が立って悔しいのです。「私がこれまでやってきたことを、父は何だと思っているんだ。」兄は、弟を喜ぶ父を受けいれることができない。そして、赦されて祝宴に招かれている、幸せそうな弟の存在にも、我慢ならないのです。

 

頑固なこの兄の姿は、まさしくこの自分自身だなと思います。私にはかわいい妹がいるのですが、小さい頃は、妹がかわいいと思えませんでした。妹がかわいいかわいいと人から褒められる度に、ホントかよと、そんなわけないじゃないか、自分の方が頭いいし、と苛立ったり少し傷ついたりしていました。妹は今でも私に寄りついてこないのですけれども、それは私が、他はともかく身内に対しては手厳しい、自分は常に正義だと思っている嫌な兄だからです。

先週もそういう話をしましたが、私たちは、自分が差別を受ける側にならないように頑張っている。でもその時に、本当に、この兄や、律法学者、ファリサイ派と同じやり方をすることがある。つまり、家族や他人の自分より弱い立場の人を見下すことによって、自分は大丈夫だ。自分はOKだ、とういう安心を得ようとする。だから、他人が褒められたり高く評価される時、なぜ自分ではないのかと、喜びよりも怒りが噴き出てくる。しかしそれは、人との優劣の比較の中でしか、自分を見ることができていないという、病いです。兄は、そういう心で、父親を非難し続けます。

けれども、本当の父親の心の内側は、兄の目論見とは全く違っていました。父は息子たちを、どっちが言い息子で悪い息子なのかという比較で見ずに、二人ともを100%愛してくれるのです。しかし兄はそれを、感じ取れない。受け取れない。私たちもそうです。そんな風に全く比較なく愛された経験がなく、そんな風に愛した経験もろくにありませんので、ついついそういう今までの常識的な愛の物差しで考えてしまって、この聖書の中にある、この父なる神の、非常識ともいえる、とんでもない深さの愛を、信じられないのです。しかもこの兄息子のように、そんな深い父の愛のすぐそばに長年居ながらも、それが全く分かっていない、ということさえあるのです。

兄は、「あなたのやっていることはありえない」、父を批判しながら、その常識を外れるほどの大きな愛の前に立って、何とか意地を張って、自分の論理で踏ん張って、心を開こうとしないのですけれども、父はその兄に対して、「そうなのだ。」と、「私の愛は、そういう愛なのだ。」と、31節以下の言葉で、『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」と。「そのありえない愛で、私は、今のお前のことも、私の存在すべてで愛している。お前の狭いその心もすべて私が赦す。だから心配するな。お前も帰ってこい。さあ一緒に喜ぼう」と、父は、先程弟息子を抱きしめたその腕に、もっと力を込めて、それを兄に向けて開いているのです。

ところで、このたとえ話には、結論がありません。ということは、オープンエンド。開かれたままで終わっています。父親の両腕は、兄に向かって「さあ来なさい」と開かれたままで、そこで話が終わっている。そしてこの結論の意味は、父親のこの手は、今も開かれたままで閉じられていないということ。この父親の手は、今朝この御言葉を読む私たちに向かっても、ずっと開かれたままだ、ということです。父なる神様は、この私たちをも、その大きな愛の中に包もうとして、今この時にも手を広げて、「さあっ、帰ってこい」と言ってくださっているのです。あなたは愛されている。神様に、心から歓迎されている。神様を知るということは、今あなたに向かって開かれている、この神様の大きな愛を信じて、大きく優しいこの父の腕の中に、帰ることです。